タンザニア鉄道 その2






鉄道が動き出したのは定刻より随分後だった。

『やる気があるのかな』

そう思い 乗ったり降りたり人に尋ねたりしたが、どうもエンジンの調子が悪いのだと言う
誰もが諦めてるような顔付きだった。 第一、駅員すらうんざりしている。

私も諦めることにした
部屋に戻って二段ベッドの下に陣取って日記を書いた
ここは二人部屋だが、どうやら相方は来ないらしい。
(一等車ははっきり言って法外な値段だった。今思えば人が来ないのも無理はない、かな・・・)

日記を書き終わりうつらうつらしたところで、遠くからどぉんと言う衝撃音が聞こえてきた。
同時に身体が大きく揺れる。

『応、ようやく動いたらしいなぁ』

アナウンスなどは一言も無い。この車中、私は結局一度も車内アナウンスを聞くことが無かった。
そういう機能自体が無いのかもしれないな あとからそう思いなおした。

私は立ち上がって窓から景色を眺めてみた。
目算で時速は30キロくらいだと思う。世界第三位の規模を誇るビクトリア湖に沿って レールがしばし併走する。湖の蒼と森の緑の対比が鮮やかだ。
(今日は久しぶりに晴れたからなぁ)

このところ、曇りが多くて鬱屈していた。こういう門出は歓迎だった。

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窓から身を乗り出してみる。
大きな大きな岩の塊が ごろんごろんと転がっていた

『なんでこんなふうに積み上がるんだぁ?』

というような場所も鉄道は通る。
もくもくもくもくと黒い煙をいっぱいに吐き出しながら、タンザニア鉄道は緩やかにカーブを始めた。
南に進路を取り始めたらしい。それと共にビクトリア湖が彼方へ飛び去っていく。


私は鉄道をひと回りしてみることにして靴を履いた。
さっきまでずっとベッドの上で靴も脱いでいた。脱がずにベッドに上がるのが正しいのかもしれないが、
私はそれだけは耐えられなくて脱いでいた。

ぎぃっという重苦しい音と共に扉を引くと廊下に出る。
多分廊下が狭いから引き戸なんだろうな、と私は勝手に思った いちいち考えてるんだなぁと。
廊下の窓のひどい有様は こうして日記を書いている今でもはっきりと覚えている。

まず、部屋に一番近い廊下の窓にはガラスが無かった。いつか、(きっとずっと前だろう)割れたらしい。
ばたばたと風が入ってきて、それがいかにも乾季の東アフリカの風らしいと私は一人満足する。

『ガラスが無い、ってぇのも、案外良いものかもしれないな』

続いて奥へと進んだ。
大体の窓は無傷のガラスがはめ込まれているが 砂まみれで景色が霞んで見える。
サバンナの砂を巻き上げすぎたのかもしれない。
ひびが入ったり ガラスの代わりに材木がはめ込まれたりする窓もある。


『これならガラスなしの方が面白いというものだよ』

私はくすくすと一人笑いながらトイレに移った。どんな按配か確かめたかったからだ。

(ちなみに私は世間で言う『鉄オタ』ではありません。
 日本では鉄道とは無縁の生活だし(´~`ヾ)外国に来てみて遊んでいるだけです)

トイレは各車両に備え付けられてるらしい。
(・・・意外にしっかり作ってるな)

それが私の答えだった。
水は出ないらしい。その証拠に 大きな青いバケツに水がたっぷり入って揺れていた。
これで流せというつもりらしい。

トイレの穴を覗いてみた そして私はふっと笑った。
トイレの穴は真下の鉄道のレールにそのまま繋がっているらしい。ここから下が実によく見える。

(・・・あの時と一緒だ。)

鉄道の旅は格別だ。だから私はシリアからイランへ行く際にも鉄道を利用した。
3日間くらいかけてイラクの北を迂回し そしてテヘランまで行くという壮大なものだ。

(その時のトイレもレールが見えた)

なんだかおかしな話だけれど レールが見えると何故か嬉しかった
掛け値なしに何も仕掛けが無いんだなぁと ちょっと安心するからかもしれない。





そうこう一人で遊んでいるうちにも鉄道は何度も停車と発車を繰り返した。
小さな小屋のような駅で止まることもあったし、エンジンが悪くて止まることもあった。

この『駅』というのがいかにもタンザニア鉄道らしい。
サバンナのど真ん中を突き進むのだ、当然、大きな街やなんかは途中で通ったりはしない。


こういうこともあった。




急にガクンと列車が停車した。
『またエンジンの故障かな』 私は部屋の窓から外を眺めてみた。
見渡す限りのサバンナ。彼方にバオバブの木がちらほら見える。

しかし、その 何もないところに 駅名を示す看板だけが置き忘れたように立っていた。

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(これが駅か・・・!?)


私は混乱したかもしれない。
ここはサバンナのど真ん中だ 駅といっても看板一つしかない。
一体誰がここから乗車するのだろうか?


それでもたまには 駅舎のある駅にも停まる。
するとその近辺に住んでる人たちが一斉にやってくるのだ。
電車の停まったすぐ横でジュースやビスケットを売ったり、
折りたたみの机を広げて簡単な料理を作り始める者もいる。

私はいつでもこういう即席市場が好きで 鉄道から降りて色々な料理やジュースを物色した。
コーラ・ビスケット・得体の知れない肉を焼いたもの・・・
言葉が通じなかったから適当に肉を買った。串に刺さっていて、見た感じは焼き鳥のようなものだ。
味も悪くない。

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『美味しいですよ、これ』

私の貧弱なスワヒリ語能力を駆使し なんとかそれだけ言った。
焼いていた男がこちらを見てにこりと微笑んだ。存外まだ若そうだ。ひょっとすると同い年くらいかもしれない。


鉄道はいつ動くか見当も付かなかった。アナウンスがないのだから当然かもしれない。
せっかくだし駅舎でトイレでも行ってくるか。 私は足を駅舎に向けた。
前述の通り車内にもトイレはもちろんある。 しかしその時は広々と用を足したかった。

駅舎の裏にある掘っ立て小屋(トイレ)で用を済ませた後、そろそろ戻るかな、と鉄道の方へと歩き出した。
トイレは鉄道からは見えない位置にあったのだ。これが後の惨事(?)を生む結果となった。

駅舎を回り 鉄道の方を何気なく眺めた私は思わずあっと声を上げた。
鉄道が既に走り出しているのだった。

『・・・・!!!!』


ちくしょうっ!、心の中でそう呟く。アナウンスが無いにしろ、汽笛の一つでも上げれば良いのに!

とにかく走った。鉄道までは50メートルくらいだったと思う。全力でぐんぐん走った。
走りに走って鉄道と併走し、とにかく鉄道に飛び乗らなければと私は焦っていた。
こんなサバンナの真ん中で放り出されたんじゃたまらない。
次の鉄道がいつ来るかも分かりはしないのだ。

しかし全力で走りつつ 私はそんな自分がだんだんおかしくなって来た。
状況が飲み込めてきたからだ。
タンザニア鉄道はのろい。のろ過ぎる。 だからまだへなへなと助走しているに過ぎなかった。

人間で言えば『競歩』くらいのスピードだったろうか。

騒ぎを聞きつけたらしい、乗客のタンザニア人の一人が大きく手招きをした。
その手招きに近づいてから彼の意図が分かった。その客車にはドアが無かった。
いや、ドアはあったのだろう。 いつの間にか外れたということらしい。
ここに飛び乗れ、という合図なのだ。

私はさっきからずっと駆けながらも、だんだん疲れを感じてきていた。
こんな旅をやってはいるが 元々基礎体力はめっきり低い。
ようやくそこまで走りついた。

先ほどのタンザニア人が手を差し伸べる。
私はぐっとそれを握った。

彼の方が余程力が強い。一気に私を客車に引きずり上げてくれた。

『ありがとう、助かりましたよ』

私はスワヒリ語でそう言った。心なしか息が荒いのは仕方ないことだろう。
彼は笑って短く何かを言った。
しかしそのスワヒリ語は私には理解できなかった。

『問題ない』とでも言ったのだろう。 私は勝手にそう解釈した。

『国へのいい土産話ができたな』

彼は突然英語に切り替えそう言った。なんだ、英語も話せたんだ・・・笑 
確かにこれは貴重な経験だ。

『走り出す鉄道に走って飛び乗った、といえば格好はいいですけどねぇ・・・』

私は苦笑する。

『実際はのろのろ運転だし。映画のようにカッコ良くとはいきませんでしたよ』

『そういうものだろう』彼は大きく頷いた。

お互いに握手して抱き合った後に我々は別れた。
別れた後になって名前を聞き忘れたことに気が付いた。

(そういう旅も、ありだろう)

一人そう思いつつ ゆっくりと一等車に戻っていった。
by futoshi84 | 2009-03-24 13:46