映画『もののけ姫』


(※長いです、しかもいつものブログじゃないです。それでも良いという方はお読みください)



今年に入って二度目の もののけ姫鑑賞。
もう何回見てるの?きっと30回じゃきかないはず(ぇ・・・)


あの映画、一見するとナウシカそっくりですよね

主人公はどちらも小国出身の部外者
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森から巨大な祟り神が/腐海からオームが出現
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主人公が呪いを解くため旅へ/風の谷が他国の戦争に巻き込まれ、ナウシカはトルメキアへ
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タタラ場が自然を破壊しまくり/トルメキア『腐海を焼いて人間の世界を取り戻そう!』
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『人と森、共に生きる道はないのか?』/『腐海を焼いちゃだめっ!』
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森・イノシシvs人間/蟲・オームvs人間


ぱっと考えただけでもこれくらいはある。
作品としてはナウシカの方がずっと人気らしいけど 私はもののけ姫が断然好きです。
理由は一つ。
もののけ姫も自然と人間、文明と自然破壊を扱った作品だけど、
それ以上に『生きること、死ぬこと』に力点が置かれた作品だから。

公開当時はそのグロテスクなシーンゆえに議論を巻き起こした作品ですが、
これほど(映像的にもストーリー的にも)生死について描かれた作品は少ないのでは。
劇場やテレビでこれを見て衝撃を受けた子どもならば分かるはず。

『生きることってどういうこと?そして死ぬことって?』


森を守ろうとするサンやモロ一族は確かに正しい。
それじゃあ自然を破壊しまくって森を切り拓いているタタラ場の人たちは悪なのか?

キツいけど優しいおトキさん 抜けたところがあるけど純粋な甲六
そして何より、ハンセン病の者達をただ一人で助けるタタラ場の主人、エボシ。

『いい人たちが自然を破壊している』

これも一つの重要なテーマだと思う。
何も善悪がはっきり別れて戦う簡単な物語ではない。

どちらも言い分があるから その間で苦悩するアシタカ。

『共に生きることはできる!』

そう叫ぶアシタカ しかし最後には人と自然は全面的に戦争となってしまう


答えなんて当然のように用意されていないこの映画。
見た人それぞれが考えればいいんだなぁと見る度にそう思う

だけど

スーパーでパックに入って売られてる鶏肉は食べれるけど 生きてる鶏は殺せない

そういう人は一度もののけ姫を見てみて欲しい

生きるということは常に何かに犠牲を強いるということ
『残酷だから』とそこから目を逸らすのはどうなんだ?
むしろ物事の本質を見失ってしまうのでは。
作中の 首や腕が吹っ飛ぶシーンからは目を逸らせます。
でも、そういう人は食肉加工の過程にすら目を向けないというのでしょうか。

『人は死んでも生き返る』『食べるのはいいけど殺すのは嫌』
そういう子どもが増えているという。 ゾッとするのは私だけだろうか。



カンボジアの田舎にいた頃 知り合いの家ではニワトリが数羽飼われていた
電気もガスも水道も 何も無い藁でできたような家だった(小屋だった、というべきかもしれない)
はるばるニホンから来た客だからと 
遊びに行くと貴重なニワトリを殺して食べさせてくれたことを思い出す。

『自分が生きている』というのはどういうことか
この作品を見る度に再考せずにはいられない。




(・・・・なんともこのブログに似合わない文章を書いてしまったことです(-_-)
 さっさと寝てしまいましょう)
by futoshi84 | 2009-01-16 00:43 | その他