かつての勤め先へ。

かつての勤め先へ 久しぶりに。

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まだ暗い店内へ入る。
あれから何一つ変わらない店内。
シェフがジャガイモの皮を剥き ママさんが発注の電話をかけている最中だった。
(・・・・いつもと同じだ)
その光景にホッとする私。

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『ふとしか。よく来たな』
ぼそりとつぶやくシェフ。このシェフのいつもの常で 静かに喋るのだ。
大声を出したところなど 五年間働いていてただの一度も見たことがなかった。

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この店で 私は料理の基礎から応用、接客から 『料理に対するあり方』 、そして 『人生とは』
ということまで教わった。
いわば、私はこの店に創られた存在と言っていい。

辛い時も多々あった。
仕事が覚えられずにママさんに注意を受けたこと(私は覚えるのが苦手なとびっきりダメな子で、繰り返し注意されたのだ)。
繁忙期のクリスマスや年末・ゴールデンウィークやお盆は涙が出るほど忙しかったこと。
(何千回 『もうダメだ』 と思ったことか)
シェフと対立し、クビになったこともこっちから辞めたこともあった。

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それでも私は 五年という長期にわたる間 とにかく一所懸命にやってきた。
『一所懸命にやってきた』 とだけ言えば簡単かもしれないが、
実際には涙を流したこともあったし、あまりに仕事が忙しすぎる日が何日も続き、
『もはやこれまで』 と思って自殺未遂を起こしたこともあった(さすがにそれは馬鹿だったと今では反省しています)。

『金を稼ぐ場』。

そういう感覚では 全く無いのです。
『店の為、いや、シェフやママさんの為』 ただただ 一途にそれを思って尽力し続けた五年間でした。

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アットホームな店だったので まるで家族の如き待遇を受けました。
だから私は働く日ではなくてもフラリと遊びに行って 仕込みを手伝ったり話に興じたりしたものでした。

また、店側も私を息子のように扱ってくれ、私が閉鎖病棟に入院させられていた時も、
クビなどにはならず、ずっと私が帰ってくるのを辛抱強く待ち続けてくれたのでした。

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『ホームページやブログのようなものを 作りたくってねぇ』

今回、ママさんにそう相談された。

『ついに来た』。そう思った。
ご恩返しを報じる時が ついにやってきたのだ。

『ホームページは私には難しいですが、ブログならばなんとかなります。
 写真?私に撮らせてください。その為にならば どういう努力も惜しみません』

最大限の努力をします、と確約した。

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『元気にやってるのか?』 シェフがぼそりと尋ねた。
単なる時候の挨拶ではなく、この言葉には 『病気はどうなのか』 という意味が含まれていることに、
私はすぐに気が付いた。
『はい、全てはこの店のおかげです。料理もよく作っていますよ』 私はからりと笑って応えた。
『何よりだ。明日辺り、ランチを食いに来い』
そう言われた。

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『なにくそ』 と思ってやるんだぞ!
シェフが帰り際に放った言葉。
もう半世紀近くも厨房に立ち続けてきたシェフ。
どれほどの苦労を経て店を持ったかは 若輩の私には想像も付かない。

それでも。

『私も シェフの如き立派な人間になりたいものだ』
シェフの背中を見ながら そう思った一日でした。
by futoshi84 | 2011-05-14 07:43 | その他