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『もう連絡は来ないかもしれない』
そう思っていた君から数年ぶりにメールが届いた夜、
どれだけ安堵を覚えたことか。

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過去の事、未来への展望、起こらなかった出来事。
それらに思いを馳せるたび、世界の不思議さに気が遠くなります。
この一年、君と再会できた幸福を、
折に触れて感じてきました。
例えば通勤客でごった返す新宿駅の改札にて。
あるいは夕飯のお皿を洗う台所で。

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正直に白状すると、
『今すぐ新幹線に飛び乗って君の元に駆け付けたい』
その切迫感が募ったことは、一度や二度ではありません。
でも、これまでの経験で思ったのです、「今行ってはいけない」って。
地球を周る軌道衛星のように、
私は距離を保ったところに居なければいけない、って。

駆け付けることが君のためでなく"私自身の押し付け"なら、
それはもう、誰の為にもならないじゃないか、って。

『見て見ぬふり』ではなく『見ないふりをして見る』ことの大切さも、
”共有ではなく黙考すること”の大事さも、
あなたから教わった貴重なるものの一つです。
(奇妙な表現ですよね、ごめんなさい)


久しぶりに訪れた、あなたとの長いやり取りは、
何にも代え難い喜びでした。
内面深く切り込んだメールの送受信は、
私にとって精神的な治癒だったのだと、振り返って感じています。
これまでの全人生で決して触れなかった、心の局所に対して。

あなたが与えてくださった大いなるものと共に生きていこう。
このごろの私はそんな風に思っています。

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私のことは、大丈夫。
君が帰ってくる頃も(あるいは永住するにしても)、
同じようなところで、同じような生活をしていることでしょう。

早朝のカフェで読書にふけり、
美しいものを称えるように写真を撮り続けて。
それら永遠とも思える時間性の中で、静かに君を待っています。

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こんなに目まぐるしい現代社会だけれど、
少なくとも、ここには確かに『変わらないもの』が存在します。
静かなる持続として。
一つの磁場のように。


『だから』といっても何の説得力も無いけれど、
どうか気後れなく、楽しんできてくださいね。

『楽しいことばっかじゃないんだから!』
って、君に怒られてしまいそうだけど。

楽しくご機嫌に過ごせれば、大概のことは大丈夫。
それが私の意見であり、信念です。


身体にだけは気を付けて。

いってらっしゃい、ね^^

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by futoshi84 | 2017-07-04 14:01 | ともだち
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お花屋さんから受け取ったばかりの花束を携え、
一呼吸置いて車から出た。
約束の時間までは十分に時間があるものの、
運転席のドアに添えた右手が小刻みに震えているのが分かった。
私は緊張しやすい性格なのだ。
親しい方と久しぶりに会う時は、特に。

この日の私は紺色のジャケット、
暗めのチェスターコートに中折れ帽という出で立ちで、
自分にとっては『これが精一杯』というお洒落だった。
今日こんな頑張ったら、次から服装どうすんだ・・・
心の中で一瞬悔やんだけれど、今は最善を尽くす時だと思い直した。

ふと隣家の庭先に目をやると、
ところどころ花をつけたつばきの木に、
二羽のうぐいすが戯れているのに気が付いた。
ステップを踏むような、ぴょんぴょん跳ねるような飛び方。
それは初春のように可愛げで、 すぅっと肩の力が抜けるような気がした。


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花束を持参すべきかどうかは最後まで決断出来なかったことの一つだ。
明るめの色合いでアレンジしてもらうべきか、
それとも控え目で謙虚な印象の花束がいいのか。
そんなことすら分からなかった。
そもそも、花を手渡すこと、引いては今回の邂逅が、
相手を苦しめる結果になってしまうのでは・・・そんな思いもあった。
それでも今、こうして両手に花束を抱え、相手を思いながら佇んでいる。

白状するけれど、私は"相手の気持ち"どころか"自分の気持ち"すら分からない。
それでもなお、"そんな気持ち"を抱え、
折り合いを付けて生きていくのだとの思いが泉のように湧き出してきたのは、
つい先頃のように思う。

・・・とにかく、と私は邪念を振り払った。
今日は精一杯、がんばるのだ。
それがあのお人にとって心の支えになることだけを願って。

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by futoshi84 | 2017-02-19 22:18 | ともだち
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『ふとし君は思いのほか、頑張って生きてるよなぁ』
ひとりでに言葉が出てきてしまいそうな十年間でした。


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20代を通じて、私は二度の破綻に遭遇しました。
一度目は、2009年の自殺未遂と、それに続く閉鎖病棟。
二度目は、2015年の離婚。

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『自殺未遂と閉鎖病棟は、今思えば死ぬより辛かった』。
奇妙な言い方かもしれません。
でも実感として私は満身創痍であり、
『死なずに済んだのだから、結果オーライじゃない?』
なんてお気楽な気持ちにもなれないほど、
塗炭を舐めるような日々を過ごしました。

ただ、この時の入院を最後に自殺未遂がなくなり、
病気が快方に向かったことは、
おそらく偶然では無かったろうと思います。
ありきたりな言い方になるけれど、
『どこまで進むと死んじゃうか分かった』のかもしれません。

寛解から6年くらい経ったのかな?
最近では、私の精神疾患を知らない友人も増えてきて。

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離婚はね・・・これは本当、辛いことだよね。
離婚してしばらくの間、私はほとんど『死後の世界』を見るような思いで生きていました。
この世が色褪せ、あるいは一切の色彩が失われた世界。
今後『良い出来事』など、望むべくもない人生。

当時から今に至るまで、私はほとんど誰にも離婚の詳細を話さずに生きてきました。
話せば親身に聞いてくださる方がいるというのは、
何となく分かっていて。
でも、話せばきっと、同情されてしまう。
『悪いのはふとし君じゃなくて、きっと相手のほうですよ』
そんな気休めと共に肩を叩かれる自分自身が、ありありと想像できてしまいました。
私はそれが耐えられないほどに嫌だったし、
別れた相手の悪口を聞かされるくらいなら、
一人で黙って苦しむほうがずっとマシだと思っていました。
今もそう思っています。

その選択が正しいのかどうか・・・
今なお五里霧中のただ中に居ることも事実です。

でもね、離婚が自分の内面を観る契機となったことも、また事実です。

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ある意味それまでの私は、
”自分”という深い穴をただ覗き込んだり、
モノサシや懐中電灯を手にぐるぐる駆け回ったりしていたに過ぎなかったのだろう、と。

でも、いつの時からか(多分、離婚して半年ほど経った頃)、
巨大な暗黒にはしごをかけ、一歩一歩、確かめるように身を沈ませていきました。
そして深い闇の底で、何かを掘り出したのでしょう。

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それからしばらくの間、ほとばしるように写真を撮り、
絵を描く日々が到来しました。

重大な局面があったわけでもなく、
気持ちが底を打ったわけでもない。
でも、何かが変わったのでしょう。決定的に。



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『あれ?なんか雰囲気変わったね?』
久しぶりに会う知人にそう指摘されるようになった理由は、
その辺りにあったのだろうと思います。

服装はこの一年で一新され、私は毎日革靴を履いて仕事に行くようになりました。
『今までよりずっと明るくなった』
驚きをもって迎えられることも多くなり、
時には『ちょいとテンション高すぎ』と諌められる場面まであって・・・

なんでしょうかね。
自分の予期せぬ側面を発見した、とでも言うべきでしょうか。

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私は案外、能天気である。
集中力が続かない代わりに、例え腹が立っても、いつの間にか忘れてしまう。
特に、寝て起きると忘れてる。(本当にバカ・・^^;)

勉強しながら洗濯機を回すうち、
『そうだ、アイロンもしなくちゃなぁ』
と思い出す。
iPhoneでラジオ聴きながら上機嫌でアイロンかけるうち、
明日の天気が雨と知る。
『今のうちにスーパー行っとかなきゃ・・・』
慌てて買い出しに出掛けて帰宅すると、
アイロンは付けっぱなし、洗濯機はとうの昔に終了、
机には散らばったままの鉛筆や参考文献、
挙句の果てに、家の鍵は挿しっぱなし。

毎日こんな感じです。
もうね・・ふとし君はどうしようもないんです(;´▽`A``

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”そんな毎日”だからかな、次第に腹も立たなくなりました。
電車が遅れても、職場で嫌な目に合っても気にならない。
『そういうこともあるだろう』
くらいの気持ちで、ぼんやり納得してしまう。
そして翌朝には案の定、スッカリ忘れてしまってる。笑
ある意味、私はおめでたい性格なのかもしれないなぁ・・・
苦笑ともつかぬ面持ちで、そんな自分を見つめています。

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スマートフォンをはじめとするマルチメディア文化やグローバル・スタンダード、
経済成長といった”当世流”から身を引くようになったのも、
20代での変化に数えられると思います。

映像やビープ音が超高速で飛び交う情報世界にどうしても馴染めず、
かと言って無視する勇気も持てなかった私は、
『なるべく素朴で手作りな生活』を実践するようになりました。

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料理一つとっても、それは楽しい変化でした。
千切りする包丁には確かなリズムがあり、
ネット入りでゴツゴツしたジャガイモは、
仲良し兄弟のように頼もしい。
三枚おろしがうまく”決まった”時、
背骨の間から透けて見える身は、実に見事である。

確かに、手作りには劇的な感動・興奮は無い。
進行速度ものんびりしたものである。
けれど、そこにはやり甲斐があり、手応えがあり、実感がある。
鼻先や舌、更には全身に訴えるものがある。

『あれ、いま、テンポ良く料理できてるな』
そう感じる時に作った料理は、大抵は美味しくって。

こんな生活をこれからも続けていけたら・・・
そう願ってやまない日々です。

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その一方で、外食好きも私の一特徴だろうと思います。
食べること自体が好きなんでしょうね、きっと。

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『あのお店、この前行ったら良かったよ』
そんな噂を聞くと、すかさず足を運んでしまう。
気に入れば何度も通ってしまう。
自分にとっての巡礼とは、こういうものだろうと思っています。

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20代が終わるとはいえ、課題は山積し、
むしろ年を追うごとに増加してるようにも思えるけれど・・
今日までのように一歩ずつ、これからも歩いていくつもりですよん。

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2017年、29歳の夜に撮った一枚です^^

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by futoshi84 | 2017-01-14 19:33 | お知らせ
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夏場の料理は早朝に限る。
長時間に及ぶ煮込み料理やジャムは、特にそうだ。

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冬の終わりに読破した「火の鳥」を、
今ごろ再読し始めた。

昔話からSFまで時代や登場人物を変化しつつ、
手塚治虫はただひとつのことを問いかけ続けている。
「生きるとは、一体どういうことなのか」。
少しでもその設問に肉薄しようと、私はページを繰り続ける。

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「仕事と遊びと勉強は、1:1:1くらいがちょうど良い」。
そんな自説を展開しつつ、
現実の私は1:8:1くらいだと思う。

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ついつい写真を撮ってしまう。
ついつい読書に打ち込んでしまう。

『これもまぁ、勉強であり仕事ですから・・・』
なんて言い訳して、なぁなぁになってしまう毎日。

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「今しか感じられないこと」があり、
「今しか表現できないこと」がある。
だからこそ、思い付いたらすかさずメモ。
思い付いた言語で書く。

でも、言葉にならない時だってある。
そんな時は絵にしてしまう。
(私のメモ帳は内容が恥ずかし過ぎて、多分誰にも見せられない)

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沢山食べて、うんと生きるのだ。
"充実"とは、日常の一つだけ先にあるものだから。


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by futoshi84 | 2016-08-17 16:56 | いつも
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「私はこれで良いんだな」

大げさな表現かもしれない。
それでも、肩の荷を一つ下ろしたような、
心地良い安堵感を覚えた一日だった。

「一人部屋でリラックスしてる時、不意に己を振り返りたくなる」
長らく消えることのなかった奇妙な感情(「生きることへの罪悪感」と呼んでも良い)が、
少しずつ、しかし確実に薄れゆくのが分かった。

あらゆることが変わったのだと思う。
私の中外を含めて。
でも、その変化を踏まえたうえで、いや、それを踏まえるからこそ、
その中から「変わらないもの」を見つけたのだろう。

「変わらないもの」が具体的に何なのか、
それはまだ、分からない。言葉にすることもできない。
でも、とにかくもその気持ちを両手で大切に抱えて、
東京生活を続けようと思った。

ありがとう。本当に。

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by futoshi84 | 2016-08-13 00:37 | ともだち
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私の日常はどちらかと言えば地味で、
読書・料理・散歩の三つをぐるぐる旋回しているに過ぎない。
しかし、それらが長きにわたり人類が慣れ親しんできたものだと思い至る度、
ひとり勇気付けられてしまう。

世界中が映像や着信音に覆い尽くされ、“効率化”や”利便性"が幅を利かせ、
「じっくり取り組むこと」が美徳から悪徳へとシフトしつつある現代の資本主義社会にあって、
私は分厚い文庫本を丹念に読み、時に路線一本分の道のりを歩き、
味噌やチーズの製造までを行うことで、自らの世界を堅持しようとしている。

『君はもうちょっと、要領よくできないものかね』
そんな苦言を耳にするのはしょっちゅうだ。

それでも私は、いまの在り方を放棄するつもりがない。
それはおそらく、間接光が夜の室内に作り出す見事な陰影や、
黄昏の公園がかもし出す独特なノスタルジー、
薄暗い早朝の台所で立ち昇る湯気の美しさがいかに得難いものであるかを、
忘れることが出来ないからだと思う。

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by futoshi84 | 2016-01-28 23:01 | その他
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ここしばらく、ヨーロッパの知人が我が家に滞在してました。
朝から晩まで英語・日本語の会話が飛び交い、
夜はろうそくの下で日本酒を交わしつつ大いに談笑し、
二人揃って近所のスーパーまで買い出しに行って。

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「それにしても、なんの違和感も無いな」
突如始まった二人暮らしに驚いたものの、
そういえば『こういう生活』は古くから馴染んできたものだったと気付かされました。

どこぞの国まで出かけて行って、
現地の人たちと共同生活を送る。
同じ屋根の下で夕飯を囲み、みんなで一緒に眠る。
言語や人種が違おうと、ほとんど気にならない。
カンボジアで、中東で、あるいはナイロビで。
私が続けていた生活とはそういったものでした。

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昨年引っ越してから一人暮らしをしてて、
しかしながら毎日の生活は予想外にも満ち足りたものでした。
料理・洗濯・アイロン・掃き掃除などが好きな私にとって、
毎日家事やっても苦にならない。
「一人暮らしって、案外いいなぁ!」そう思ったものです。
独り身の気楽さはもちろん、"自分だけの宇宙"を構築できるのも、良さの一つではないかと。

でも今回、外国の人としばらく暮らして分かったことは、
「やっぱり、一人より二人のほうが断然楽しいなぁ〜っ!」
ということに尽きるでしょう。

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朝っぱらから冗談言ってげらげら笑ったり、
豆乳を飲みながらお互いの習慣を比べ合ったり。
(私たちは200mlパックの豆乳を片っ端から飲み比べ、
「さくら味が一番美味しい」という結論に達した)
そういうのは、とても良い。
洗濯のペースや食材の減り方も、二人分だとちょうどいい。

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いつかまた、誰かと暮らせる日が訪れるといいなぁ・・・
そんな月並みなことを痛感した日々でした。


知人の滞在中、毎日過密スケジュールで大変でしたよ・・・σ(^_^;)

『明日の予定ってなんだっけ?』
『朝は吉祥寺のパルコへ行って、駅でお惣菜買って皇居まで。
お昼を食べたら東銀座で歌舞伎見て、夜は東京駅のイルミネーションと映画館。
一日で全部できると思う?』
『多分大丈夫・・・・だと思う。夜は早めに寝ましょう(;^_^A』
そんな感じの毎日でした。

ということで、写真をちょこっと。

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始発に乗って、久しぶりの築地へ。

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イナゴの佃煮も。

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せっかくなので、海鮮丼。

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もちろん、歌舞伎も。
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夜明け前に並んだ先は・・・
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両国国技館!相撲観戦してきました。

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再入場のスタンプが進化しててびっくり。
インクと違って跡がつかないので恥ずかしくない。

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国技館の地下でちゃんこ鍋。
相撲観戦、一日楽しめるのでおすすめです。
館内にはお弁当売り場(昼ごろには全部売り切れてしまう)があり、
アイスクリームやお土産も充実し、
売店で買ったお酒片手に力士に声援を送る大人も沢山いました。

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お互い大のスイーツ好きなので、

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毎日どこかのカフェやケーキ屋さんを渡り歩いてました。

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ビストロも、

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デパートのお惣菜も(デリカテッセンはひさしぶり!)、

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バーでお酒も。
嬉し楽しい毎日でした。


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(ちょっとばかり、蛇足をば)

「誰かが気軽に泊まれる家であってほしい」

一人暮らしを決めた時、私が唯一考えたことといえば、
一言で言えばそれだけでした。
だからこそ、ワンルームの部屋は最初から興味がなくって、
「ボロくても駅から遠くてもいいから二部屋を!」
というのが、徹頭徹尾、私の願ったことでした。

外国に行ってた時も学生時代も、心の病がひどかった時もそうですが、
私は誰かの家で生活するのが好きでした。
ふらりと知人宅に立ち寄って、
「何日か泊まってかせて?」と頼むことが実に多かったのです。
誰かを招くという行為を私が好むのは、
そんな環境に親しみ続けてきたからだと思います。

自分の家の風通しは、なるべく良くしておきたい。
私はいつもそう思います。
週に一度は時間をかけて掃除をしたいし、
晴れた日にはシーツを洗って布団も干したい。

テレビドラマやマンガのシーンで出てくるような、
「床にビールの空き瓶が転がってて、布団が敷きっぱなしで、
汚れた食器が流しに山積みになっていて、、、」
というのは、どうしても好きになれないのです。

今の東京の家はお世辞にも広いとはいえないし、
辺鄙な立地だし。
それでも、不意の客人が眠るための布団はあるし、
冷蔵庫には何かしら食べれるものが常備されているし。

「今度日本に行くから、東京ではふとしの家に滞在するかぁ」
「あそこへ行けばなんとかなる」
そんな風に思ってもらえれば、私としては本望なのです。

要するに、「どんと来い、居候!」
と、そういうことですよっヽ(=´▽`=)ノ


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by futoshi84 | 2016-01-16 05:08 | ともだち
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東京の見事な桜が散り終わった4月中旬、
北陸へ行ってきました。

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東京〜北陸を高速で行くのは初めてでした。
『道中、雪はまだ見れるかな〜』
とワクワクしながら関越トンネルを抜けると、
辺り一面、冬景色。
フロントガラスに飛んでくる雪を眺めつつ、
遠いところまで来たものだと感じました。

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『せっかくですし、なんか旨いもんでも食いに行きましょう』
友だちと酒を飲みながら、
思いついたように話してたのが3月下旬。
お酒を飲みながらだと、何故だか話がスッとまとまりやすくって。
その場で日取りを決めました。

北陸には泊まる家もあるし、その点は身軽でした。
到着後、まずはお寿司食べて、んでもって、富山湾まで。

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ロシアとカンボジアの船が来航してました。
余談ですが、↑の写真を見てるとつくづく思うのです。
『富山だなぁ〜』って。

天気は大抵どんよりした曇りで、
「今日はやっと晴れだ!」
そう喜べるのも束の間のこと。
あれよあれよと灰色の雲が空を覆って、
気付いた頃には雪が降り出す・・・

でも私は、そんな富山が大好きなんですけどね。

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岩瀬浜と呼ばれるこの港町には廻船問屋も残り、
貿易が盛んだった頃を偲ぶことができます。

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酒蔵もあって、お散歩にはちょうど良いのです。
軒先を覗くと・・・

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瓶詰めされ、出荷を待つお酒たちが。
『盗んでく人はいないのかな〜』
と不思議ですが、まぁきっと、大丈夫なのでしょう^^;

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今回の旅行で嬉しかったのは、なんといっても桜!
(もちろん寿司もです)
この春は忙しさにかまけて、
お花見はほとんどできませんでした。
すっかり諦めかけていましたが・・・北に行く良さかもしれません。

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港町を歩いたり、お酒に舌鼓を打ったり、
一日目はこんな感じでした^^♪



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by futoshi84 | 2015-04-28 20:16 | 外出
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数日前のことですが。28歳になりました。

「よくもまぁ、生きながらえてるなぁ」
誕生日を迎えるたびに、そんなことを思っています。

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振り返ってみると、元気いっぱいになった一年でした。
有り余るほどのエネルギーが最初に向けられたのは、"早起き"。
目覚ましなんて必要ないんです。
毎朝4時になると、自然と目覚めてしまう。

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「元気が一番だなぁ」
月並みなことを、今更ながらに痛感する自分がいます。
十年以上苦しんだ統合失調症がいかに地獄であったかは、
今でもありありと覚えています。
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慢性的なオーバードーズ。
終わりの見えない不眠。
閉鎖病棟。
生き続けることへの恐怖と罪悪感。


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それらに比べれば、「お金が少ない」とか、
「将来が見当たらない」とか、
今の悩みなんて大したことではないよなぁ・・・
と思っています。
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苦しかった10年間を振り返ることができるようになったのも、
特筆すべきことです。
つい最近までは、あの時期の記憶はひたすら封印していました。
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自傷、閉鎖病棟も自殺未遂も、
文字通り”無かった"ことにしてました。
考えないことによって、
かろうじて自分自身が壊れないよう努めていました。


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でも、なんでしょうね。
『過去なんてのは、所詮は解釈だよ』
そう開き直ってからは、随分楽になりました。

自殺未遂したっていいじゃないか、
本当に死ななかったんだから結果オーライでしょう?
閉鎖病棟?数ヶ月で退院できたんだし、ラッキーだったじゃないか。
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本当は、心の中では爆発したくなるほどの後悔や怒りがドロドロしてるんです。
んで、放っておくとどす黒い感情が湧き出てきて自分を傷付ける。

多分人間は、過去を呪って一生を終えることもできる。
私は単にそうしたくはなかったのです。

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早起きしてお茶をいれる。
自転車をこいで買い出しに行く。
公園の木漏れ日をゆっくり踏んで散歩する。

昏い感情が付け入る隙を与えない生活が定着した時、
「私が望んだのはこういう人生だったんだ」
と思えました。
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呪うのではなく、あるがままを見つめること。かな。


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わたしの人生はメチャクチャです。
誰かの手本になれるようなことは唯の一つもない。
でも代わりに、真剣に生きてる。
きちんと命を懸けて一日一日を過ごしてる。
だから、今はこのままやらせてほしいんだぜ。

なんてことを思った誕生日近辺でした。^^

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by futoshi84 | 2015-01-20 06:36 | その他
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一年前と同じように

阿呆みたいにいい天気だった



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by futoshi84 | 2015-01-11 22:07 | その他