ナイロビでは1ヶ月以上生活していたが、その日々は割と地味だった。

ひとつには自分がケニア人家庭の家で生活しているということで、
『存在すること自体が経験』だったからかもしれない。
普段のケニア人の生活を見て、それに馴染む。
そういうふうに毎日を送っていた。

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朝は大概がそうなのだが、今日も7時前には目が覚めてしまった。
隣のベッドで寝ている11歳のダンカンを起こさないようにそっと扉を開けてリビングへ移動する。

『おはようふとし、今日も早いわね』

この家の女主人であるステラさんはいつも早起きで、どうやら日の出くらいには起きているようだ。
そんなに早起きしてどうするのだろうか・・・??
ともかく、朝リビングへ行くといつも彼女はテーブルについて紅茶を飲みながら新聞を読んでいる。

その新聞というのもアフリカらしい。
ケニアはアフリカの中ではかなり発展している部類だが、それでも新聞配達というのは行われていないようだ。
ここナイロビですらそうで、新聞は露店や歩き売りしている人から購入する。

お金が無くて新聞を買えない人も多い。
だから仲のいい人に新聞をあげたり、またはもらったりするということもよくある。
そういう事情もあり、朝ステラさんが読んでるのは大抵前日の新聞だった。

席に付いてポットに入ったミルクティーを飲んだ。
信じ難いことだが、8月のナイロビは朝晩の冷え込みが激しく、時に10℃を下回る。
朝のミルクティーというのいつもじんわり心地良かった。
ステラさんも自分も無言でちょっとずつ紅茶を飲む。ステラさんは新聞を、自分はテレビを見ながら。

ケニアは英国の植民地だったということもあり、社会には英語が深く浸透していた。
ナイロビなんかでは友達同士や家族間でも英語を話す場合が多いし、
テレビや新聞はほとんどが英語で放送される。
これには自分も助かった。スワヒリ語でやられちゃ理解できないですからね。


そうやってしばし眠気を引きずっているとやがて朝食とダンカンがリビングへやってくる。
朝食というのはパンとかポップコーンとかで、これも植民地の面影かと思われる。


カトリックの家庭なので祈りを捧げてから皆で朝食。自分もちゃっかりお祈りしていた。
家族みんなが集まるのでにぎやかだ。
昨日したこと、今日したいこと、明日までにやらなきゃいけないこと・・・
少年のダンカンが大抵しゃべる。それを嬉しそうにに聞く母親のステラさん。


『ふとしはどうするの?私たちと一緒に中心街まで行く?』

朝食が終わるといつも丁寧にそう聞かれる。
ステラさんはナイロビの中心地にあるナイロビ大学で地理を教える先生だった。
街へ行きたければ私の車に乗っていきなさい、ということなのだ。

『今日ですか・・・・どうしましょうね。』

などと言いながら自分は思案する。
今日どうするかとか明日どうするかとか、そういうのはその場で考えるのが自分の常で、
予定というのは特に無い。要するに暇人と言ってよかった。


今振り返れば、ナイロビでの毎日の生活というのは単純そのものだった。
近所の散歩。ベランダに出て読書。ナイロビ郊外を写真撮影。
同じアパートに住んでるステラさんの知り合いの部屋でお喋り。
昼はその辺をほっつき回って食べることが多くって、大抵それは1食100円とか200円くらいだった。


散歩や読書なんて日本にいてもできるじゃん!時間の無駄じゃない?
と思う人もいるかもしれない。いやきっとそう思う人が多いと思う。

でも、なんというか、そういう『毎日』というものの中に、本当は面白いことが詰まってると思うんだよね。
いつ、どんなふうにして面白いことが飛び出してくるか分からない。

だから毎日を過ごすだけでも凄くわくわくすることなんだ!きっとそうだ!
・・・自分はそう信じて疑わない。

スーパーのお菓子売り場は、日本では見たこと無い商品であふれている。
それを山のように買って帰って食べる。そういう日もあった。

気が狂ったかのように家の周りを歩き回り、鉄道(それも黒い煙を吐いて走るやつ)の線路の上を伝うように歩き、
中古車修理場を覗きに行ったりした日もあった。
その店(というか屋根もないただの『空き地』なのだが・・・)はフォルクスワーゲンとハイエースばかり修理している店で、
奥には錆で土くれになったような廃車の二車種が何台も放置されていた。


バナナ屋の軒下で丸くなって休む犬。
毎日通る土の剥き出しになった道路。
『ソーダ・マジ・ソーダ・マジ・ソーダ・マジ・・・・』
と半ば叫ぶようにしてジュースを売り歩く若者。

瑣末なことかもしれない。
でもその一つ一つが自分にとっては面白く、さらには楽しげな現象そのものだった。



『今日は・・・・また散歩にしますよ、せっかく誘っていただいたのにごめんなさい』
自分は丁寧に断った。

『いいのよ、散歩をすることほどケニアの生活を知る方法は無いのかもしれないんだからね』
笑いながらそういうステラさん。なるほど一理あるな、と改めて思う自分。




さて、そろそろ外出しようか・・・

誰もいなくなってシンとした家の中で、今日はどこへ行こうか考え始めた自分でした。



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# by futoshi84 | 2008-04-27 00:04 |
今日のプレゼン、うまくいったよ。


朝からドキドキ。でもちょっとワクワク。

『今日は誰から行きますか?』と生徒を見渡した先生に向かい『はいっ、自分が行きます!』
勢い良くそう言った。
教室からは苦笑があがった。
『あの人は変わった人だ・・・』そう思われていたに違いない。


今日はパエリアのことを発表するんだと決めていた。
台に上り、まずはパエリア鍋を披露すると驚きの声が。
よしよし、予定通りだ。

そこでうまく流れを掴めて、あとは写真を紹介したりしてリラックスした状態で終わらせられた。
みんなの質問にも流れるように英語で全答。自分で自分を見直した。


『石田君は自分の発表することを詳しく分析し、それを遺憾無く発揮してる。とてもよかったわ』

あとで先生にそう言われた。ほっとした、いつもは厳しい先生だからね。


来週はまたプレゼン。
でも頑張るんだー!



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# by futoshi84 | 2008-04-25 21:32 | いつも
いらいらしていて、ケータイの充電器を投げてしまった。

偶然それがテレビ画面に命中し、リビングにあったそのテレビは映像が全く映らなくなってしまった。
ガラスにひびが入った時のような感じ。

そのテレビというのは我が家が2年ほど前に買った自慢の薄型で、10数万円はしたという、
けちんぼ家族にとっては虎の子のようなものでした。


家族と相談して、修理代は半分自分が出すことになった。
半分とはいえ5万円は出さなきゃいけないだろうな・・・・

でもあの状況では仕方無かった。
5万円で済んだのならばそれでいいんだ。
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# by futoshi84 | 2008-04-23 21:38 | うつ
学校始まるとやはりダメですな。


なかなか物事うまくいかん・・・
それでも、寝れればなんとか大丈夫。
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# by futoshi84 | 2008-04-22 22:30 | うつ
魚介類というのはあまり好みでは無かったのだけど、料理を始めてからは好きになった。
特にイカとか貝類とか、食わず嫌いなものまで食べれるようになったよ。いいことだよね。

んで、魚介類を使った料理をやってるといつも驚かされるのが、
それ自体がいかに自然のスープであるかということ。
つまり、調味料とか使わなくても出汁だけで食べれてしまうほどの美味しいモノが出来上がる。

自分の場合、魚介類を食べるよりもその旨味を堪能したくて魚介の料理を作ることが多い。
パスタとかなんでもね。



・・・・と、こんなことかいてたら明日も食べたくなってきてしまった・・・
明日はどうしよう~



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# by futoshi84 | 2008-04-21 21:46 | 料理
 

空港行ったので飛行機が離陸する写真を撮ろうと頑張ったけど、
自分の持ってるレンズじゃ全くズームが足りず、
飛行機は米粒ほどにしか写らなかった。


う~、望遠レンズ欲しいけど!!

今は今あるレンズで頑張るんだ。そう決めたんだ。





↓ちなみにこの写真は今日行った中部国際空港ではありません。ヨルダンのアンマン空港。
中部国際空港にこれほどの個性はありません・・・笑



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# by futoshi84 | 2008-04-20 21:17 | いつも
 

(暇で、時間があって、気が向く人だけ読んでください)


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ブレーキ音に目が覚めた。バスに乗ってる他の乗客も気付いたようだ。

(またか・・・・)

内心嫌気が差す。バスのヘッドライトに二人の兵士が浮かび上がっていて、
手真似で降りるよう指示を出しているところだった。
無論、降りざるを得ない。誰もが黙って外へ出た。

10月とはいえ真夜中のエチオピアは幾分寒かった。
辺りは既に高地なのだろう、吐く息が白く寒気が身に凍みる。
兵士のうちの一人が無人になったバスに乗り込んで中の荷物検査を始めた。

どういうわけかエチオピアの検問はいやに入念だ。
乗客のかばんを丹念に調べる。そして調べた後も中身を元通り仕舞わない。
自分がエチオピアの検問に嫌悪を催した理由のひとつはそれだった。

その間にもう一人の兵士が乗客一人一人の身分証を確認する。
エチオピア人は画用紙にアムハラ語が書き込まれたカードを皆持っていて、どうやらそれが身分証らしかった。

自分の番がやってきた。

『パスポートを出すように』
まだ若い(ひょっとしたら同い年くらいかもしれない)坊主頭の兵士がそう言った。
何気なく自動小銃をぶら下げているがその銃口はこっちを向いている。

自分のパスポートはいつもジーンズと下着の間に入れていて、出すのにひどく手間が要った。
しかも他の乗客に隠し場所を見られるのは後々良くない。
だから代わりに財布に挟んでいる国際学生証を見せた。

兵士が文句を言うかというと、そうではない。
チラリと見ただけですぐ返してくれた。要するに型だけのものらしい。
実はその学生証の期限はとっくに切れているのだが、それにすら気付いた様子は無かった。

立ち去ろうとしたところに兵士から
『お前は何人か』と聞かれた。妙に感情の無い声だった。

この一事だけでも、この検問がどれほど馬鹿げているかが分かる。
期限の切れた身分証でも因縁を付けられず、
さらに言えばこの兵士は身分証の国籍欄すら見ていないということがこの一言で分かる。

『日本人ですよ』自分は嫌々そう言った。いい加減寒い。寒いから早くバスに戻りたかった。
しかも度々検問に合うせいでバスはいつも遅れる。検問にあえば大体20分くらいは足止めを食らう。それにも腹が立つ。


馬鹿な話だよ。・・・・・自分は繰り返しそう思った。
国内は不安定だった。エチオピアはソマリアとエリトリアを相手に戦争を続けている。
そのせいで隣国ソマリアから次々とゲリラが進入し、その対策で検問が必要になる。
検問を設ければ前線に送る兵士が少なくなり、これが更なる悪循環を生む。
いつまでこんなことを続けるつもりだろうか?


『ハラールに行くんだったな』

身分証と乗車券を見た兵士はそう言った。

『あそこはソマリアにも程近い。気を付けろ』
そんなことは言われるまでもなかったものの一応頷いた。


バスの中では相変わらず兵士が荷物を検分している。

そのペンライトだけが地上の光の全てだった。
他に光源というのは何も無い。
バスの中だけが、ただただ胡散臭げに光を放っている。



いや・・・・もう一つ光源はあるかもしれない。
あるいは無数と言えるほどに。


空にはひしめくような星空が広がっていた。


自分がアフリカで見つけた素朴な発見が一つあった。
それは夜でも地平線が分かるということだ。


星は地平線のすぐ側までびっしりと空を埋め尽くしていた。
その数は数えることすら不遜なほどで、360度のパノラマというのはこういうことを言うのだろう。
路肩に腰を下ろし、何分も飽くことなく星空を眺めた。



今、何時だろう・・・・・。


懐中時計を取り出そうと思ったが、無意味だと気付いてすぐやめた。

エチオピアの夜が更ける。
ここがどこかも、そして何時なのかも分からないまま佇む自分。
こうしてじっとしていると、自分が風景の中に溶け込んでいくような気分になる。
いや、ひょっとしてもう溶け込んでいるのかも。
そう思えば検問もあながち悪いことばかりではないのかもしれない。

検問はまだまだ終わりそうにも無い。
あくびを噛み殺しながら自分はなおも夜空を見続けた。




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エチオピアというのは不思議な国です。
アフリカでは本当に数少ない、植民地化を免れた国です。
(一時イタリアに占領されたこともありましたが)

キリスト教が社会にかなり浸透している、というのも特徴です。
それも植民地化にやってきた白人が持ち込んだものではなく、
いわゆる原始キリスト教という、昔々からずっと続いているものです。

食べ物も言葉も顔付きも。
東アフリカと接しているのに、それとは全く異なる。

東アフリカからやってきた自分にとって、それはそれは不思議な国でした。




時々、ふと旅のことを思い出すんだよね。
特にこういう眠れない夜は。
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# by futoshi84 | 2008-04-20 01:59 |
 

坊主ってどうなんだろう。


楽だろうな。
ワックスの必要もないしな。
寝癖も付かないしな。
ヘルメットかぶっても平気だしな。


でも、髪が伸びるとすぐ気になるらしい。
スタイリングもできなくなるらしい。


でも一度やってみたい・・・




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# by futoshi84 | 2008-04-19 22:59 | いつも